Story
ニュースでは、スペースシャトルの事故が何度も繰り返して流れている。
執事のヨハンが絵依斗の部屋を訪れ、絵依斗の両親がスペースシャトルの事故で無くなったことを告げる。驚き、嫌がり、泣き始める絵依斗。
ヨハンは気遣いながらも、絵依斗に父の遺言を伝える。
叔父の経時がヨハンを含む幾許かの遺産を相続し、この家に住み着くことが告げられる。
絵依斗、今度は泣きながら怒り出す。
ヨハン、絵依斗を気遣う。「どうして?経時さまが苦手なのですか?」などと訊くが、絵依斗は答えない。
それから、数日後、広いリビングルーム。経時の荷物が段ボールのまま山積になっていた。
絵依斗、経時、ヨハンの3人に巻き起こる事態とは・・・
紅桜共和国第一宇宙空港近くの古いビル、一階のバー『微睡亭』。
カウンター越しに物憂げに立っている店主の小夜に、常連客が、その日の仕事の愚痴をぼやいている。酔いつぶれる直前で、常連客が帰った後、小夜は一人、炭酸水をチェイサーに、ジンを飲み始める。
3杯目に差し掛かる頃、店の扉が開いた。
小夜は、「悪いね、今日はもう、おしま・・・」と言いかけて言葉を飲み込んだ。
そこに立っていたのは、年老いた猫型ハイブリッド。
見るなり、影郎を思い出したからだ。
Comment
究極のマゾヒストとは最強の人類なのではないかと、常々考えております。
たとえば、団鬼六先生のエッセイに切腹マニアのエピソードがあるのですが、同好の士の中で一人だけ、本当に切腹を実行し、亡くなった方がいて、仲間たちの尊敬と憧憬の念を集めたそうです。彼らには、死すら勝利になるのです。
『哀愁の女主人、情熱の女奴隷』はそんな私の「マゾヒスト最強説」から生まれた作品です。今回の舞台化にあたっては、これを男性同士の話にしたいとのご提案をプロデューサーの三宅さんからいただき、私は喜んで「どうぞ」と申し上げました。男同士の絆もまた、女同士のそれ同様、尊いものでございます。
私はこの異性愛至上主義の社会においては性的逸脱者でありますが、異性愛者の皆様同様、動物に対する愛も持ち合わせております。
動物と共に暮らし、心より慈しんだことがある皆様は、なぜ、彼らの一生がこんなに短いのかと、嘆いた経験もおありではないでしょうか(亀やオウム等、下手すると飼い主より長寿のペットでないかぎりは)。ネットで読んだ実話なのですが、愛犬を亡くした外国の幼い少年が家族に対し「犬は生まれたときから完璧だから、天に召されるのも早いんだね」と語ったとか……わかります。きっと、そうなのです。真理を教えてくれてありがとう、少年よ。
そんな短い生命の切なさを描いたのが、『いなくなった猫の話』です。
『哀愁の女主人、情熱の女奴隷』は読者の方々から「大笑いしました」とのご感想をいただく一方で、『いなくなった猫の話』は「泣きました」とのご報告を多数いただいております。私にとっては、皆様に笑っていただくのも泣いていただくのも大変光栄なことであり、どちらも愛着がある作品です。
この両極端の作品が同時に舞台化され、作中人物を見目麗しい役者さんたちが演じてくださるとは、もしや私は一生分の運を使い果たしてしまったのではないか……そんな気がしてならないので、とりあえず、大好きな納豆ご飯を一度でも多く食べて人生を終えることができるよう、納豆を積極的に消費する今日このごろです。
森奈津子